限られた予算は優先順位に応じて使え

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この釣りでもっとも大切なのは「場数を踏む」ことである。


したがって玄関開けたら15分で極上の磯がある・・・みたいな幸運に恵まれた人を除くと

予算は旅費交通費にもっとも比重を置くべきである。

ライフジャケットやスパイクシューズ、グローブといった安全装備に関しては当然、妥協すべきではないが、このブログを好き好んで読んでいる人がまさかそれらに欠けているはずがないのでここでは省略する。

お金持ちならば特に気にすることなく、いままで通りに欲望の赴くまま新発売のルアーだのクーラーだのウェア・ギアだのを買い漁り、ファンシーな時計や服や靴で身を包みながら思う存分に外で飲んだり食べたりしつつ、磯ヒラスズキを追い求めて盛大にガソリンを燃やしてタイヤをすり減らすことができる。

が・・・しかし(自分を含めて)世の中の多くの人はそうはできない。
ほとんどの人の予算は限られており、しかもそれがイキナリ増える目処もないので、物事に優先順位をつけて我慢するものは我慢して使うべきところにぶっこむしかない。





「余計なモノを買ってしまうこと」と「磯に行くこと」は表裏一体の関係である。
端的にいってしまうと日常生活において無駄な出費を削った分、高速代やガソリン代に充てることが可能となる。
そして旅費交通費に充てたお金は決して裏切らない。

意味もなく釣具屋にいって意味もなく数千円(あるいは数万円)分の釣具を買っても経験値は一切増えないが、数千円(あるいは数万円)かけて行った磯での釣行が仮にボウズで終わったとしても「場数を踏んだ」ことによって経験値が貯まるのである。

もしかすると「行っても釣れるとは限らないけれど釣具はカタチとして残る」なんなら再びお金に変換することも可能であるという理屈を耳にして共感するところがあるかもしれないが、これは敗北主義者の精神であって、甘い誘惑に負けてはいけない。

なぜならば釣り師の財産、宝物として


最後に残るのは記憶


であるからだ。

仲間と共有した思い出、老獪な魚との駆け引きとの体験、そこに立っているだけで武者震いがするような磯の記憶・・・これらは釣れようが釣れまいが残るものである。
無用な買い物はいくら積み重ねても「素晴らしい体験」にアウフヘーベンすることはない(もし部屋でステラをクルクル空回ししてその巻き心地をもってして「素晴らしい体験」と定義するならば話は別だが・・・)が、磯への釣行は反復することによって昇華し、いつか実を結ぶものである。


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よって(非常に恵まれた一部を除いて)

磯ヒラスズキを愛する者の多くはその日常生活において交通費の捻出に勤しまなければならない。

足繁く通うことへのハードルが低い、近場で行うデイリーシーバスは特に節約術を意識せずともその旅費交通費を捻出できるが、往復200~500kmの磯ヒラスズキ釣行を10回20回と積み重ねようと思ったらそれなりの気構えが必要となってくる。

・ガソリン代
・高速代
・任意保険料
・エンジンオイルやタイヤ交換などの整備費
・潮を洗い落とすための洗車代
・レンタカー代
・フェリー代
・瀬渡し代
・旅館民宿などへの宿泊代
・車内で快適に過ごすためのアイテム購入費
・etc, etc.


逆に言うならば、省かれた無駄なお金は全てここに注ぎ込むべきである。
前述の「無駄な釣具を買わない」もそうだが、今思いついた「減らせる要素」をザッと羅列してみるだけで

・タバコを吸わない
・なんとなくコンビニに入ってなんとなく飲食物を買うのをやめる
・外食を可能な限り減らして自家製弁当や水筒にする(喉が乾いたからちょっとスタバで・・・は死刑)
・無駄な外飲みはやめて家飲みにする(キャバクラは死刑)
・服はユニクロどころかGUやワークマンで我慢する
・腕時計はGショックを贅沢の上限とする(言うまでもなくロレックスは死刑)
・整髪は1000円カット(足繁く美容室に通ってパーマかけたり色を染めたりするのも死刑)
・パチンコパチスロ公営ギャンブルなどの養分から卒業する
・etc, etc.


相当な金額が節約できるはずだ。

重ねて言うが、これらで浮いたお金は全てガソリンや高速に注ぎ込むべきである。


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もちろん、磯へ行くために苦行僧のようなストイックな生活を日々営めとはいっていない。

バイクが趣味ならバイク関連にも使うといい。
劇やら音楽やらのライブ鑑賞が趣味ならそっちにも使うといい。
外飲みにしたってその全てを拒絶するべきではないし、逆に自分の将来に繋がるような会ならば積極的に顔出すといい。
プライベートではGUでも仕事上の身だしなみにはある程度のモノで固めたほうがいい。

要はメリハリをつけろ、ということである。

仕事終わったら特に理由もなく釣具屋にいって意味もなくルアーを1,2個買って出たり、なんとなくコンビニに行ってなんとなく500~1000円分の飲食物を買ってみたり、「トータルでは勝ってる」といいながら毎回パチンコでスるのは間違いなくメリハリが効いていない。

旅費交通費の他に意味がある支出、重視したい出費項目といえば必需品にして消耗品の糸と針くらいであるが、これは「通う人」にとってはあたり前のことであって特筆には値しないと思う・・・大体にして、通っていれば自然に「必要な物」(←「欲しい物」と同じ意味ではないことに留意されたし)が浮かび上がってくるものである。
それは長尺のロッドかもしれないし、セミドライのウェットスーツかもしれないし、防水透湿性の高機能レインウェアかもしれないが、何れにせよ現場での必要性が感じられたアイテムへの出費も意味があるものとなる。

場数を踏むこと(つまり旅費交通費への支出を最優先とすること)は賢い買い物への近道でもある

他人の釣果話やらタックル自慢話を聞きいてあれが欲しいこれが欲しいと物欲を高めても「賢い買い物術」はあまり身につかない。
それより、春の、夏の、秋の、冬の磯に通って様々な条件下で実釣を重ねたほうが結果として節約できる傾向にある。
新作のルアーに飛びつくことも減る・・・というか「このルアーさえあれば爆釣」みたいな話を聞いてもあまり食指が動かなくなる。
磯での感動を与えてくれるのは「買い物」ではないことが明確になるからだ。






最後に。

釣りとは「再現性」を見出す行為・・・ある種の規則性を自然環境と魚の行動の関係の中から見出し、その法則に沿って魚を騙す・・・である。
磯の場合はその法則に「乱数」が加えられることがあって、初心者でも難しいとされる魚を釣り上げることもあればベテランでも振り回されてボウズで終わることがある。
これこそが磯の醍醐味であるわけだけれども、反復せねば理解を深めていくことができないのだ。
1回2回3回ではなく、毎年数十回を数十年掛けて、磯で起きたあらゆる事象を吸収消化しながら釣り師は理解の深度を深めていくわけだ。
我々は「深み」に達するために積み重ねているのである・・・言うまでもなく最初から完璧を目指すのはナンセンスであり、数回で(あるいは数匹で)全てを手にした気になってたとしてもそれは蜃気楼である。


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とにかく磯に行け。

行ってベタ凪の磯に打ちひしがれろ。

行って鳥の接近に一喜一憂して最後に裏切られろ。

2度3度と裏切られながらまた次に行く費用をどうにか工面しろ。
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