釣り場が死ぬ

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良い釣り場は「積極的に守らねばならぬ」という考え。


初心者である間は「釣れる場所の情報」が何よりも欲しいと思います。
が・・・ネット上で安易に知り得る情報に「釣れる場所の情報」はほぼ無いとみてください。
仮にそういうものが存在したとして、その中身が真実であったとしてもすぐに終わります。

終わるとは死ぬということです。

釣りブログ黎明期の残骸・・・2003年~2007年頃に書かれたであろう具体的な釣り場情報、掘ってみるとすぐ出てきます(おそらく全国的に「残骸」は残っているはず)。
自分もそういう情報に色々とノッてみた口ですが、そういう場所は公開当時からさほど時間を経たずして死んだのではないでしょうか。


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尚、誤解がないように「釣れる場所」とは「よく釣れる素晴らしい場所」を意味する言葉だと定義します。

これによって「運が良ければいつか釣れるかもしれない、誰でも知っている場所」が排除されるので、議論の土台が共有化されるでしょう。
「運が良ければいつか釣れるかもしれない誰でも知っている場所」は広い意味では確かに「釣れる場所」であって、間違いではないのですが、初心者が・・・いや、アングラーであれば誰しもが知りたいのはそういう場所ではなく「よく釣れる素晴らしい場所」の情報です。

もし、そういう「よく釣れる場所」を見つけたら、あるいは、教えて貰ったら、その情報は大切にしましょう。

そういう場所は大声を出して広めれば広めるほど、簡単に死んでしまうからです。

「積極的に守る」とは場所の情報は迂闊には喋らない、ということです。


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場所は、消えます。

死にます。

例えば、駐車スペースが(徒歩圏に他の停められる場所が無い場所で)封鎖された。
例えば、釣り場への行き道にあるハシゴやロープが撤去された。
例えば、釣り場が管理当局によって物理的にも閉鎖されそこへの侵入は法的に罰せられるようにった。
例えば、少人数分の竿出し空間しかないのに、「釣れる」と聞いて人が多数殺到して釣りにならない。

自分一人、あるいは仲間内の少人数のみで共有していればそんなことにならずに快適な釣りライフを満喫できたのに、迂闊に教えてしまったがために、釣り場が死ぬということはよくあることです。




人に釣り場を教える、ということはその人の借金の連帯保証人になるくらいの覚悟が必要です。





例えば、Aさんが友人のBさんに凄く釣れるいい場所を教えるとします。

教えた以上、その場所はもう既にAさんだけの場所ではなくなります。

Bさんは常識人なので、こんないい場所は大切にしなきゃ!と、誰にも教えませんが、最近Bさんがよく釣れているのを訝しむ人がいます。

AさんとBさんの共通の知り合いであるCさんです。

Cさんに「頼むっ!教えてくれっ!」と懇願されたBさんは、Aさんと共通の知り合いだし、Cさんならば教えてもいっかと情報を漏らします。

するとその釣り場はもうAさんとBさんだけものではなく、AさんとBさんCさんのものになっています。

Cさんは釣歴が浅いので大切な釣り場が何たるか、その貴重さを実はよくわかっていません。

Cさんは教えてもらった場所で釣果が上がりはじめると、どこで釣ったのか気前よく誰にでも教えてあげます。

しばらくの後・・・・久しぶりに釣り場にいったAさんは目を疑います・・・・ゴミだらけの駐車スペース、挨拶もなしに真横で竿だす無法者たち、そして叩かれまくってスレて一向に釣れる気配のない死んだ海・・・・

数カ月後、ホトボリが冷めたかなと思って再訪したAさんの目に映ったのは、いままでなかった「駐車禁止」「釣り禁止」の看板とスペースを閉鎖するチェーン、脇にその理由が書かれている告知文でした・・・



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その釣り場の価値を仮に「1000万」(仮に、です・・・あくまで比喩的表現です)だとしたら、その釣り場をBさんに教えるということはAさんはBが借りた1000万の連帯保証人になったということです。

Bさんがそのお金でなにしようがAさんには一切の益がありませんが、Bさんがしくじったリスクは100%、Aさんに直撃するという意味では、釣り場を人に教えるということはまさに「連帯保証人になる」と同等の行為だといえるでしょう。

「1億」くらい(くどいようですが、数字は形而上の話です)の釣り場を人に教えるなんて、ありえますか・・・?



上記のたとえ話で、釣り場を実際に殺したのは殺到したマナーも常識もない低レベルな人達ですが、それを幇助し、間接的に殺したのは、その釣り場を壊してやろうなどという意図は無い人でした。

そこに一般常識では語れない釣りの問題があります。

そこに、釣り業界における構造的な問題があります。

その「構造的な問題」を端的かつ正確に一行で表現します。








我々釣り人は、平均的な一般人にくらべて、モラルもマナーも教養水準も低いクズおかしな人の割合が高い。








ということです。

我々(つまり釣り人)に性善説は通用しません。

日本人を無作為に100人、それとは別に平均週1回以上釣りを嗜む釣り人を100人抽出したとして、クズ「おかしな人」の割合が圧倒的に高いであろうのは後者であることは疑う余地がありません。

我々一般アングラーが釣行時にまのあたりにする不快感の数々(ゴミのポイ捨て、割り込み、騒音、違法駐車、暴言、キャスト被せ、etc.etc)はマトモな人間のすることではない、非常識極まりない迷惑行為ですが、釣りをしているとそれらを目撃or経験することは全然珍しいことではありません。



異常です。

我々釣り人は異常なんです。

程度の低さが。

道徳心の低さが。

釣り人クラスタは自然を愛し、人を愛す層である・・・みたいな牧歌的な認識を抱いている人は、すみませんが大いに間違っています。



釣り場を人に教える、公開するというのはそういうクズ「おかしな人」が大挙してやってくる可能性のドアをも開くということです。

否、その手の人種であればあるほど「あそこがいいらしい」というレベルの風聞に縋り付くようにしてやってくるのです。

そういうワケで、価値ある「よい釣り場の情報」なんて、喋らないにこしたことはありません。



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場所は、思ったより簡単に、終わります。


もし釣り人がクズでないとしたら、釣りは人をより利己的にさせるのかもしれません。
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